AM 5:00~

朝5時からの活動ログ

Figma のデザインを見て意図を汲み取るの難しい。

ふと思った。
誰かが悪いとか、開発スタイルがイケてないとか、批判したいつもりはない。

言葉(や説明)が圧倒的に足らない気がした。
デザインみて想像力を膨らませて、それを抽象化するのが難しい。
(いい感じに抽象化したものを作りたいし、できれば出戻り少なく綺麗に設計したいだけ)

フェーズや状況・状態による。
すばやく作って、すばやくアウトプット出して、それを磨いていくのもわかる。

また、全パターンをデザイン上で網羅する必要はないと思うけど、一定出戻りある前提で作ることにはなる。 その出戻りを減らすために実装前に要点を整理して確認しているが、コミュニケーションコストはすごく高いと感じた。

デザイナー ↔︎ エンジニア間のコミュニケーションも改善の余地あるなと思った。

「伸び代」っていい言葉、使うように心がけている。

なんとなくできていない(イケてない)、そう感じることがある。

組織の文化や体制、各種制度といった ”働く” を取り巻く環境もあれば、書かれたプログラミングコードを見て感じることもある。ただ、人間に対してそういうことをあまり思わないのは、なんか(自身は)救いはあるのかとか書いていて一瞬思った。

誰かが悪い。
誰かのせいにしたい。

そういうわけではないが、ただ、どこかに矛先を探してしまう。
一人だけやっているならまだしも、複数名で働く職場では、集団行動している環境においてそうなりがちな。実際には口にはしないけど、心のどこかで思ってしまう節はあるのではないか。

そういうときに「伸び代」って思うようにしている。 マイナスかもしれないけど、マイナスな要素を解消していけばプラスに転じるわけだし。
マイナスという状態をプラスに変えていけるチャンスがある。

そう思うと、やってやるか!
メラメラに燃え上がるような闘志はないかもしれないけど、ロウソクに火は灯る感じだろうか。その火をちょっとずつ大きくしていけば良いし、無理そう、いまはまだ止めとこう。

と思ったら「ふっ」と消すのもあり。

責任感を持つ、当たり前かもしれないが大事。

どこかで見かけた記憶あるが思い出せてない。 けれども、なぜか記憶が残っていたので消えないうちに少し書いておく。

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「忘れてました(失念しておりました)」

たまに見かける、自身もたまーにやってしまうことがある。 自身のケースは忘れていたというよりは、優先度高くないし、あとでやろうかな…くらいの感じであることが多い(言い訳)。

問題なのが「あとで」が「いつか」決めていないため、ずるずる時間だけだ過ぎてしまい相手からすると忘れてそうと思われている。(と思っている、ごめんなさい。)

急に出てくる責任感。 忘れても多少いいもの、忘れちゃまずいもの、自身の状態や周りの状態によって様々だが、責任感持ってやってるか。これに尽きると思った。

例えば、2週間に1回、サイトに掲載している広告内容を変更しないといけないとする。クリエイティブが直前に納品あって、差し替えるだけの簡単な作業である。簡単な作業であるかもしれないけど、自社と先方との約束(契約)している大事な作業でもある。だからこそ、そこで「忘れました」なんてことあると問題になる。再発防止など検討することになるが場合によっては、任せられない≒簡単な仕事であっても、外されてしまうかもしれない。

任させれたのなら、どんなことも責任感持ってやる。 作業ベースになりがちなときも「責任感」を思い出すと良かったように思った。

勉強と学び。

勉強と学び、似ているようで似ていないように思う。 何が似ていて、何が似ていないのか。そう聞かれると…パッと言えない答えずらさがある。

最近読んでいる「カモのネギには毒がある」というマンガが面白く、その中で取り上げられていたのが、この「勉強と学び」である。 https://grandjump.shueisha.co.jp/manga/kamonegi.html

ちなみに記事を書いている現在(2025年5月)セブラックでかなりの話数を無料で読めます。 また、行動経済学は面白いなと改めて感じて、関連書籍を買って読み始めている。


「勉強と学び」とは. 要所を抜粋、文章短くしり少し変更してますが、非常に良い話だと思った。
https://www.s-manga.net/items/contents.html?isbn=978-4-08-893244-6

知る事、理解する事、疑う事、そして乗り越える事
1. 知る事:教科書や本を読んで知識を得ること
2. 理解する事: 問題集を解く等、得た知識を使いこなせるようにすること
3. 疑う事:常識を疑ったり物事に対して問題意識を持つこと
4. 乗り越えること:3で考えた事に対して改善したり克服したりすること

1~4まで全部やって「学び」
1と2ばかりに重きを置いて「勉強」と読んでいるフシがある

私自身を振り返ると1がほとんどだと思った。

2は問題集やテストを受けるよりは、手を動かしてコードを書いて動かしてみることはあるが、そこで止まっている。勉強ばかりであった。

3の問題意識は、1と2を上手く活用できそうなことを考えてみる、疑う≒考えることにあるのかな。

4の改善や克服は、3の考えをもとに「行動」することかなと思った。その行動の結果として改善や克服がついてくる。

1~4を(多少乱暴ではあるが)ざっと整理すると…. 知識を得て、その知識で予行演習して、行動の前に立ち止まって考え、そしていざ行動する。

行動で思い出したことが1つある。
「経験は思考から生まれ、思考は行動から生まれる」の名言を思い出した。なにより「行動」である。

行動が思考に影響を与え、それが経験を積み重ねるというサイクルを指す。つまり、行動を起こすことで、その過程で様々な思考を深め、結果として経験を培うという流れである。(この名言のAI要約)

こうしてマンガから得た知識を整理してブログを書くことも、一種の行動である。(と思っている)

大丈夫です、は大丈夫じゃないケースもある。

表情や声の大きさ、ちょっとした言動などをしっかり見ながら会話する必要があると思た。
見極めることはできなかったとしても、注意深く見ることはできると思っている。

なんでそう思ったか。
ここ最近で大丈夫じゃないケースがあったからだ。
これまでにもそういうことはあったと思うが、熱が冷めないうちに少し書いておこうと思ったのもある。

(大丈夫というから、大丈夫だろう…) そう思ってしまがちである。別に思考停止しているわけでもないし、甘い考えみたいなこともでないと思う。人とコミュニケーションしながらマネジメントする立場として、その人に全力投球できていない、というか問題なければ他を優先しようという思考が働いてしまう。


「大丈夫です。」

もちろん質問の仕方によるのも一定あると思う。
大丈夫です、と言わせないような質問にするのもありかもしれない。

そう考えると、そもそも私は何を聞き出したかったのか。
それを深掘りしていくと「大丈夫です。」と言わせたかった何かにたどり着く感じも少しある。

私は、仕事は順調かい?を聞きたいだけである。

置かれている状況や状態、周りの雰囲気などよって異なるが比較的テンションが落ちていてと感じているとき、2回連続で大丈夫が続くときはちょっと注意深くするといいかもと思っている。そんなことを書きながら、今度は自身が問われる際に「大丈夫です」と言ってしまいがちだけど。

人はユニフォームのような人になる。

そうなんだと思った反面、そうかもしれないとも思った。

このタイトルはの正式??なものは...
ナポレオン・ボナパルトの名言「人はその制服どおりの人間になる」は、私たちの行動や考え方が、身につけるものや周囲の環境によって影響を受けることを示しています。 この言葉は、服装や立ち居振る舞いがその人の印象を大きく左右することを教えてくれます。

自分が普段着る服を想像した。

かっちり決まったジャケットを羽織る姿ではなく、少し細身のジーンズに夏場なら半袖のTシャツ、冬場ならトレーナーやパーカー、ニットなどである。なんとなく好きな黒っぽい服、落ち着いた感じの色合いになっているような気もするし、比較的緩めな感じの服を着るときも多い。

衣類(ここではユニフォーム)に特にこだわりはなく、カラフルでもなければ、古着っぽさ、ブランド物の服もあまりないし、オシャレ感を出したい欲もない。

言えるのは、自身はユニフォームに特徴的な要素はないと思っている。
言い換えると、自身は特徴的な要素を持っていないになるのか。
そんなことはない??のかな。

友人や知人、会社のメンバーなどを想像してみる。 なんとなく、自身が相手に抱いているイメージにあったようなユニフォームだ(服装である)と感じる。

例えば警察官の制服や工事現場などの仕事着は、仕事をする上で着なければならないものだと思うが、ユニフォームが仕事に密接に結びつく存在になっていると感じる。 そういうイメージや先入観が、結果的にユニフォームのような人になっているんだろう。

逆手にとると。
そうしたいと思うシチュエーションに合わせて、意識的にユニフォームを(服装を)変えるだけで自身がイメージする姿になれるわけだ。
普段の生活でもユニフォームに(服装に)も少しリソースを割くのもありかもしれない。

採用は「採用」という一つプロジェクトとしてマネジメントするべきだと思った。

採用業務に関する小話。

私は人事ではなく、採用業務をリードする立場でもない。
採用に関わるメンバーとしてミーティングで議論したり、情報共有したり、そしてカジュアル面談や面接に出ている。

採用やっていて感じるのは、人材獲得は組織をスケールしていく上で常に重要課題であり、とにかく良い人材を確保したいと思っていて、おそらくその状況は他社でも同じであり、競合ひしめく市場の争いみたく感じる。これ、レッドオーシャンだよなと感じた、仕方ない、そういうものだと思う。

日々、1日に数件、カジュアル面談や面接があると、徐々に数をこなすになりがちな気がしている。
私は話すことを得意としないのでそれなりに疲れるのもある。
とはいえ、少なからず相手の人生に影響をあたえかねないものでもあると思っており、結構真面目に職務経歴書は目を通す。

採用業務のやり方を工夫する点はいろいろあるかもしれないが、業務に忙殺され始めると、以下のようなことを思い始めた。

  • 目の前のタスクに追われてしまい、視野が狭くなった感じがする
  • (良い、良くない的な観点で)採用状況がわからない
  • 終わりが見えない、ゴールが見えない
  • 自身は通したけど次の面接でNGだったが、NGな理由がいまいちわからない
  • 良かったなと感じたこと、ここはイケてないと感じたことを自分の中だけに秘めている
  • 自身がやったことに対するフィードバックがもらいにくいため、良くも悪くもない、どっちつかずな状態

みたいなことを書いていて、採用はまだまだ不慣れなのでマネジメントしてほしかったのかもしれない。
ただ、いずれ採用をマネジメントする立場になった際は、自身が ”感じたこと” を活かせそうな気もした。

兎にも角にも ”途中のプロセス” を意識して残す。

些細なことから、なにかインパクトのあるものまで。
また、仕事に関わらずプライベートでも何かしら意思決定するときがある。

  • 複数あるタスクからどれを優先して進めるか決めるとき
  • 新しく開発する際の技術選定やSaaSのサービスを利用するとき
  • ワークフローで承認依頼が飛んできたとき
  • Uber Eats でご飯を注文するとき
  • スーパーで玉ねぎやにんじんなどの野菜を選ぶとき
  • 賃貸(マンションやアパート)契約するとき

など、自分の頭の中で「そのときこう思った」から決めたはず。
(無意識も多いが)その "こう思った" ときの "こう" って、一体なんなんだ。

自分だけに関するものであれば好きにすればいい。
しかし、少なからず相手になにか影響(または副作用など)があるときは、何らかの説明責任があると思っている。 説明責任を口頭で済ませることもあれば、きちんと文章にまとめることもある。また、すぐ説明することもあれば、しばらく経って説明することもある。

その決定が合理的だったのか。
正直わからないことも多いけど、少なくともそのとき自分はどう思ったのか。
自分はどう考えて結論を出したのか。自分の中できちんと整理して、理解したい。

そして、自分自身のことなのでその気持ちを大切にしたい。

だからこそ、途中のプロセスを残しておいた方が良いと思った。

メモ帳でも、Google Docsでも、Notionでもなんでもいい。
その時の気持ちや感情を入れてもいいので、決めたときに思ったことを書いて残しておくと良いなと思った。

将来の自分、関わる全ての人に。

目標達成してからやめる、という判断をしてみては。

背景は子どもの教育の話からだった。
私には2歳になる子どもがいて最近夫婦間で話題になる "習い事" をどうするか。

何から習いさせてみるといいのか、そもそもいつから始めるか、続ける or 続けないはどうやって判断するのか。
そんなとき、妻から(その情報源は忘れしまったが)「目標を達成してから辞める」というのをいってきた。

  • 例えば水泳なら、クロールができるようになったら辞める
  • 例えばダンスなら、1曲踊れるようになったら辞める。

という感じで、この「最初に終わりを決める。」. これ仕事でやっているに似ている部分あるなと思った。


仕事でもそうだ。
置かれている状況によって異なる(本当に多種多様である)と思うが、プロダクト開発の現場では終わりがないと思っている。エンジニア職の自身はなにかしらコードを書いて、もしくは誰かに依頼して、デリバリをへて、何かしらの価値を届けている。

では、届けたもの価値はどうだったのか。
常に良い結果だったとは限らないし、そもそも良い結果であるという判断すら難しい場合がある。 そうなってくると、徐々になんだかよくわからないけど何かやっている...という状況に陥りがちな気もある。

  • 取り組む施策(や案件など)はどこまでやるのか
  • それをブレイクダウンして今日はどこまでやるのか

それも「最初に終わりを決める」ことなのかなと思った。
もちろんプロダクト開発の現場だけではないと思う。


仕事する上で「自分の中での目標」があるはず。

少なくとも入社時には抱いていた何かがあったと思う。 時間が経過するにつれて、また仕事をやっていくなかで目標が変わっていくこともある。 目標という固い言葉でなくても「これはやりたい、これはチャレンジしてみたい、ここまではやりたい」などが目標達成のラインだったりするのかもしれない。

仕事に追われて、もしくは仕事に集中しすぎて目標を見失うことはあるかもしれないが、目標達成のラインは常に持っていて、常にアップデートしていくのが良いと思っている。アップデートが難しいなと感じたときは環境を変えてみてもいいかもしれない。(転職を進めているとかそういう話ではない)

時間は有限であるから。

やらない技術を身につけたい。

無下には断れないのだ。

自分のポジションは、チームが取り組む課題とは紐づかない(いわゆる関係ない)開発や調査などの手を動かす必要がある issue が飛んでくることがある。
これ今やらないといけないものなのだろうか?

そんな疑問を心に抱きながらも雰囲気を察して、自分の時間を調整して取り組むことが多いと感じる。
本当にいまやるべきことなのか。

依頼を断る理由はいろいろ作れる。

  • これは事業にどのようなインパクトを与えますか
  • GMVやKPIにどのくらい寄与するものですか
  • 新規会員数またはアクセス数はどのくらい増加が見込まれますか

のような(個人的には強めな)コミュニケーションをとることはできるが、そんなことを言われた側からすると「頼みにくいな」と思われてしまうのを想像する。そうなると、依頼しにくいというモヤモヤする感じの状態を生んでしまう。

どうするか、方法もいろいろ考えられると。

  • 自分がやる前提でやる時期を交渉する
  • 他のチームに委譲する
  • 他のチームや誰かにお願いできるようなフローを設計する

どんな方法でも一次受けしている自分からするとコミュニケーションコストは増えるが、いまの問題をどう解くか、今後をどう見据えておくか、そういうことを考えながらやれるといいかもと思っている。

自分の考えとしては、一次受けをしている現状が本当に正しい姿なのか、今よりもっと良くする(ここでは効率良くなど)ことはできないのか、を考えながら業務に取り組むのが第一歩かもしれない。

結論、やらない技術を身につけるには至っていない。